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私は九尾の狐

人を騙し喰らう

ただの化け物だ

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Original fictional soundtrack
『あたらよ』

1.朱色と白
2.縁
3.したもい
4.七つ下がりの雨
5.紅差しの指
6.魂合ふ
7.代償
8.九罪の数え歌 (feat. Sennzai)
9.瑞獣
10.紅涙
11.虚
12.こい文 (feat. Sennzai)

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▼サブスク

character

草間 千冬 (くさま ちゆふ)
:九尾の狐。なりたいものに姿を変えられる体質を活かし、情報屋を生業にしている。「人間は生きていくための道具」と考えていたが、青年・幸明との出逢いで変わっていく

佐々木 幸明 (ささき こうめい)
:町に住む青年。千冬の正体を知らずに思いを寄せている

草間 景由 (くさま かげよし)
:千冬の父親。九尾の狐一族の長

Story

狐の一族に生まれた千冬。

なりたいものに姿を変えられる体質を活かし、情報屋を生業としていた。

特に遊女の姿は受けがよく、美しく着飾れば人間は簡単に秘密を暴露し、金を落とす。

その日の早朝も、客の相手をした気怠い体を引きずりながら、山の麓にある狐一族の村へ帰ろうと、町を後にしようとしていたところだった。

昇る朝日に目が眩み、ふらついた身体が何かにぶつかった。

 …人間か

掠れた声で詫びの台詞を言いながら視線を上げると、若い青年が心配そうな面持ちでこちらを覗き込んでいた。

その瞳に千冬は驚いた。

人間は皆、欲に塗れた濁った瞳の色をしている。色、声、香、味、触…これに執著する。

だが、青年は違った。濁りのない澄んだ目をしていた。瞳だけではない、雰囲気が他の人間とは違うのだ。

 ー 大丈夫ですか?

と青年は言った。

それは優しく深い声音だった。

千冬は青年に頭を下げ、再び家路へと足を向けた。

 …あのような人間もいるのか…

何故だか千冬の口元は少し緩んだ。

 

千冬は人間を『生きていくための道具』としか捉えていなかった。

九尾の狐と関わった人間は、罪として魂を奪われる。妖狐はその魂を餌として生を繋ぎ、不死の体を保っている。

女であろうと若者であろうと、どんなに命乞いをしてこようが、関わった者は最後は自らの手で消す…それが九尾の狐として千冬がこれまで行ってきたことだ。

 

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二日後のこと。

千冬は町へ買い物に来ていた。

狐一族の村には商い屋が一軒もないため、入用は町へ来るしかなかった。

簪屋で物色をしていると、誰かに声を掛けられた。

 ー 君…

先日の青年が立っていた。

千冬が手に持っている簪に目を落とし、

 ー 其れ、貴方に似合うと思います

と、またあの優しく深い声音で言った。

 …これでまた、関わった人間が増えた
  この青年の魂も孰れは私の血肉になるのか

 

青年は、佐々木幸明と名乗った。

 

千冬は町へ行く度に、幸明と茶屋で話をするようになった。

他愛のない話をしているだけだったが、千冬は胸の奥が微かに色付くような感覚になり、それが心地良かった。

自分の素性を何一つ語れない千冬に幸明は、

 ー 千冬さんが話したいと思ったら話してください

と、微笑みながら言った。

その表情に千冬は少しだけ心が傷んだ。

 

そろそろ帰ろうかと二人で店を後にした時だった。

ポツリー。

雨だ。

それはすぐに激しい夕立に変わった。

幸明が、自宅がすぐ近くなので雨宿りをしましょう、と提案をした。

幸明の家に着くと手拭いを渡され、千冬は濡れた着物の裾と髪の毛の雫を取った。

今日は着物を選ぶのに随分と時間を掛けた。

幸明と会う時はいつもそうだった。

仕事で相手をする人間は派手なものでいいが、幸明は客ではない。

どんな装いで会えばいいか、毎度悩んでいた。

手拭いを返そうと礼を言いながら幸明へ右手を伸ばすと、何か温かい感触がした。

幸明の指先が触れたのだ。

気付いた千冬は手を引こうとした。

だが、それは幸明にしっかりと握りしめられた。

雫を吸った手拭いは、床へと落ちてしまった。

幸明は真っ直ぐ、曇りのない澄んだ瞳で千冬を捉えている。

千冬は何が起こっているのかわからず、ただその目を見つめ返した。

そして幸明の唇が開き、言った。

 ー …しています

外の強い雨の音で消えかかってはいたが、確かに聞こえた。

「お慕いしています」

と。

触れ合う手から伝わる熱は、千冬が知っているものではなかった。

今まで出会ってきた人間は皆冷たい熱を持っていた。

その場限りの、偽物の温もりだ。

千冬は何も言い返せず、ただ幸明の瞳を見つめていた。

すると静かに抱き寄せられ、今度は耳元ではっきりとした幸明の想いが聞こえた。

それはいつもの優しく深い声音だった。

 

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『好きです』

千冬は、仕事場として借りている宿場の自室で身支度をしながら、昨日の幸明の言葉を頭の中で反芻していた。

これまで言い寄ってくる人間は何人も居た。

その度に適当に受け流し、ましてやそれを思い返すこともなかった。

どうせ殺めるから。

なのに今回ばかりは受け流せず、紅を差す指が止まってしまうほど思い耽っていた。

 …そう言えば、幸明と会う時は紅をしていなかった
  彼は化粧をする女を好むのだろうか…

襖の向こうから客が来た合図がした。

 …仕事に向かわなければ…

 

次の日も、そのまた翌日も、千冬は幸明の言葉を忘れられずにいた。

 ー ただ、自分の気持ちをお伝えしたかっただけなので

幸明は千冬の返事をすぐには聞こうとしなかった。

 ー でも…千冬さんがよければ、また貴方と会いたい

あの日、そう言った幸明に頷いた千冬。

窓の外へ目をやると、雨は止んで青白い月が出始めていた。

美しい月だった。

千冬は目を閉じ、幸明の体温と心音を感じていた。

この夜が明けてほしくない、この青年とのこの時が終わってほしくないと思った。

千冬は、幸明と出逢ってからの日々が純粋に楽しかった。

これまで一族と自身のために人を騙し殺めてきた白黒の日常が、彩られたように感じていた。

幸明に想いを告げられた後も、二人は茶屋で話をし幸明の自宅で逢瀬を続けていた。

千冬は、正体も素性も何もかもを隠したまま幸明と共に居ることを選んだ。

選んでしまった…。

 

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九尾の狐の村では騒ぎが起きていた。

【千冬が人間を生かしたままにしている】

妖狐仲間から一族の長である父・景由へと伝わり、千冬は尋問を受けることとなった。

 ー 明日の逢魔時、その人間を殺せ

それが景由からの命だった。

千冬は、あの青年だけは見逃して欲しいと懇願したが、聞き入れてはもらえなかった。

 

翌日。

魔物が現れる時とされる、逢魔時。

千冬は通い慣れた幸明の家までの道のりを歩いていた。

右手には短刀が握られていた。いつも人間を殺める時に使っているものだ。

 …幸明を殺す
  一族の長の命には逆らえない
  …私は九尾の狐
  人を騙し喰らう、ただの化け物だ

幸明の自宅の扉を叩く。

いつもは約束をして訪ねてくる千冬に幸明は少し驚いた様子を見せたが、すぐに笑顔で迎え入れてくれた。

だがその笑顔は、千冬が振り翳した短刀を目にした瞬間、怯えた表情へとすり替わった。

 …初めてだった

  ただ語り合うだけで、時が過ぎるのを早く感じた

  普段相手にする客は、派手に化粧をし着飾れば喜んだが

  君に会う時は着物の色も紅を引くのかも迷い悩んだ

  名を呼んで笑いかけてくれるのが嬉しくて

  繋いだ手があんなにも柔らかな温度だとは知らなかった…

 …あぁだめだ、やはり殺せない
  でも…
  私は九尾の狐…人を騙し喰らう、ただの…

 

かはっ…
という声と共に、その場に倒れ込む幸明。

赤い
紅い
朱い
アカイ

幸明の胸を刃が貫き、血が溢れ出ている。

 ー どういうこと…?

千冬の前に居る幸明は、後ろから刀で胸を貫かれていた。

 ー お前が早くせぬからだ

千冬の耳に届いたのは、父・景由の声だった。

幸明の心臓を刺したのは千冬の短刀ではなく、景由の刀だった。

千冬が殺せないことを見込んで、景由は先回りをしていたのだ。

千冬の身体はまるで呪いをかけられたかのように、短刀を高く掲げたまま動けず、声も出せない。

先程まで「千冬さん」と、自分の名を模った幸明の唇からは、鮮やかな赤が絶えず流れ落ちている。

幾度となく千冬を映した澄んだ瞳は、色を失い暗く沈んでいく。

 …早く、早く、血を止めなければ
  死んでしまう…!

幸明の首ががくりと垂れ下がった。

ゆっくりと、幸明に刺さった刀が魂を吸い取っていく。

 …死んでしまった…
  死んでしまったの…?

千冬は相変わらず、その光景を眺めることしかできなかった。

 …此れは今まで私が行ってきたことへの罰か
  数え切れない程の人間を殺めてきた
  自分の生のため、一族のため
  何人もの血を浴びてきた
  此れが、罰なのか…

「…赦してください…赦してください…」

千冬は乾いた唇を必死に動かし、何度も何度も呟いた。

「…赦してください、私のいのちと引き換えに幸明を返して下さい、赦して赦して…」

千冬は泣いた。

子供のように咽び泣いた。

赦しを乞う言葉を、声が枯れるまで叫び続けた。

 …言えなかった…
  正体を…本当のことを
  この想いを
  伝えたかった…
  君には伝えたかったのに
  …伝えたかった…?なにを…?

千冬はそこで気が付いた。

「そうか…私は、恋をしていたのか…」

 

挿入歌:九罪の数え歌
唄 / Sennzai 曲・詞 / ハシマミ

ひとつ きゅうのおもつこは
ふたつ うつせみたらす
みっつ きららかにそうぞき
よっつ いとあましにおい
いつつ にくげなりしし
むっつ それこいわびにけり
ななつ ふせうただびと
やっつ わがてでけそう
ここのつ わがてでけそう

主題歌:こい文
唄 / Sennzai 曲・詞 / ハシマミ

それはひどく弛し早天
君と瞳 交わって
纏う色は どこか違って
淡く 淡く 頬染めた

語るだけで 胸を潰し
触れた熱は 知らぬものでした
微笑むだけで  心彩る
何もかもが  鮮やかで

「これは定めて 命の糸だ」と
強く私を抱き寄せる
そっと肌に手を這わせれば
奥床し心地になる

雨に隠れ  重ねる鼓動
分け合う熱は 知らぬものでした
髪を撫でて  唇落とし
何もかもが  倖で

どうか どうか 忘れてください
私は醜い妖です
嘘を紡ぎ たうらい奪う
君もその心算でした
思いもらう ちりの末
絡めた指に くゆ募りました

朱く移ろう君の姿に
何もかもを 侘びて乞う…

どうか どうか 赦してください
私は醜い妖です
人を騙し 人を喰らう
君もその心算でした

どうか どうか 忘れさせて
私を愛した 愛し君
深い声音 残り香 全て
どうか 忘れさせて
紅を引くか 迷い悩むのは
君に出逢って初めてでした

あたらよ|ハシマミ
※転載禁止